今、こんな本を読んでるんですが。
原書がドイツ語で、日本語より安かったので*1こっち買いましたが、日本語も出てます。
著者はアマチュアバイオリニストで歴史学者で、アマチュアと言っても子供のころは本気でバイオリニストを目指していたけど、才能がないことを悟ったという経歴で、それなりの腕前と思われます。
そんな彼が、ある日、いつもお世話になっている工房で出会った古い楽器、ラベルはテストーレという有名な(らしい)イタリア人の名前になっていたけど、それが偽物なのは明らか(バヨではよくあること)。で、工房のおじさんの見立てでは、1700年ごろの作品で、南ドイツ出身者がイタリアに修行に出てそこで作ったものじゃないか、とのこと。楽器のちょっとした部分の形や特徴で、そこまでわかるんですね。
そのバヨを買った著者(フィリップ・ブローム)は、音色にすっかり惚れ込んでしまい、この楽器を作ったのは誰か、という探索の旅に出ます。原著の副題、「私のバイオリンを300年前に作ったある移民の足跡」が、まんまの内容です。
著者がそのバヨを弾いて、語ってる動画があります。
本は、まだ3分の1くらいしか読んでないけど、何しろ手がかりがさっぱりない(作品であるバヨが一挺きり)。著者は、その誰とも知れない無名のバイオリン製作者に「ハンスHanns」と仮の名をつけて、当時の南ドイツ(主にフュッセンという町)におけるバイオリン作りの状況や、当時の三十年戦争の影響、ペストの大流行、アルプスを越えての移住の大変さ、などを語るんですが、まあほとんど全部想像の世界(少なくとも今のところは)。
読みながら思い出したのは、阿部謹也の『ハーメルンの笛吹き男』ですね。これも、遠い昔の出来事を、当時の断片的な文献を調べながら、実際には何が起こったのかを推理するもので、ものすごく面白かったです。が、ハーメルンの場合は130人もの子供たちが消えたという大事件についてなので、それなりに文献や記録が残っている。ブローム氏のバイオリンのほうは、どんなに素晴らしい音を出すバイオリンだったとしても、作者はまったくの無名で、個人を特定することが本当にできるのか!? 最後まで読まないとそれはわかりません(たぶん無理)。
今のところは、当時の生活の大変さ、その中でもドイツにもバイオリンを作って暮らしていた人たちがいたこと、そして11歳から14歳くらいの少年たちが危険なアルプスを越えてイタリアへ移住し、二度と故郷へ戻ることもなく、言葉もわからないところでどうにか生き延びた(大半は幼いままに死んだとの記述もあり)、というようなことがバイオリンの歴史の一部として、とても興味深いです。
ところで、この著者がバヨ製作者につけたハンスという名前、これ、ドイツでは英語圏のジャックとかと同じで、いちばん一般的な名前でとりあえずの仮名としてつけるのに使われる名前だっけ? 現代ではHansと、nが一つのほうが普通だと思うけど、この本で引用されている当時(17世紀)の文献の書き手などにもハンスという名前は複数出てきて(紛らわしいよ……)、その場合nが二つのものが多いので、当時は二つが普通だったのかも。
で、HansもしくはHannsという名前についてウィキペディアを読んでみたところ。
一般の仮名として使用する、という記述はないですが、19世紀からこっち、ほぼずっとトップ10に入っているというくらい人気の名前。で、その名前の人物一覧のところで、ふと目に留まったのが、
という名前です。Geigeはドイツ語でバイオリンのことなので、「バイオリンハンス」。ブローム氏が探してる、まんまの名前w しかもこの人、バイオリン製作者だったそうで。
本名は、ヨハン(ハンスはその愛称)・ゲオルク・シュトラウプ Johan Georg Straub。上記リンクのウィキによると、1798年にシュヴァルツヴァルト地方のレーテンバッハに生まれ、1854年に56歳、同地で死去。8世代続いたバイオリン製作一家の最後の一人だそうです。奏者としてもすぐれた腕前で、クロアチアに修行に出て、10年後に故郷の父の工房に戻ったとあります。彼の作ったバイオリンは、見た目にあまり重きを置かなかったため、無骨でパッとしなかったものの、彼が重視した音色は素晴らしいものだったとか。それで有名になって、バイオリンハンスの異名を取ったそうです。
しかし有名になってからは、バイオリン製作に熱を入れることが少なくなり、持てはやされるだけになって、やがて酒におぼれ、まだ56歳で亡くなったと。
ウィキの最後に、彼の故郷の町レーテンバッハでは2010年に、彼(とその先祖たち)を記念して大きなバイオリンのモニュメントが建てられた、とあったので、どんなんだろ、と探してみました。
製作中の写真。
でかッ! 記事によると、世界でいちばんでかいんだそうです。二階建ての家くらいあって、高さ6.3メートル、幅2.5メートル、厚さ60センチだとか。
すごい、けど、ちょっとギターっぽいな。表板(と裏板もたぶん)が平らで、膨らみがないからかな。まあ難しいのはわかるけど……。
他の記事によると、これは雨風にさらされて傷んできたので、撤去して、どこか展示してくれるところを探しているとのこと。その後、どうなったんでしょうか。
という寄り道をしながら、ブロームの本の続きを読むことにします🎻
*1:アマゾン見に行って、値段がほとんど同じなのでびっくりしましたが、リンク先はハードカバーのほうになってました。私が買ったのはペーパーバックで、1600円弱です