気まぐれエッセイ@メキシコ

不定期に適当な文章をつづっていきます(現在バヨ中心)

ジェニイは何色の猫か

 最近、日本は猫が人気らしくて、猫漫画とかキリがないほどいっぱい出てる様子。私もついつい手を出してしまうけど、ホント、キリがない(お金もない)。いろいろなスタイルのものがあるなかで、私個人としてはあまりに擬人化されて人間とぺちゃくちゃおしゃべりするような猫の話よりも、もっとリアルに猫らしい姿を見せてくれるもののほうが好き。

 しかし、どんな猫漫画や猫小説を読んでも、これには敵わない、といつも思うのが、ポール・ギャリコの『ジェニイ』。

 猫好きな少年ピーターがトラックにはねられて気が付くと、真っ白い猫に変身していた、といういわばファンタジー小説ではありますが、そこからジェニイという猫と知り合って、身づくろいの仕方や猫同士の付き合い方を学び、さまざまな冒険を経て成長していく。というのが大筋。私がこれを初めて読んだのは中学のときで、うちにあったハードカバー(親の本)だった。翻訳者は、古沢安二郎

 大学生になってドイツに留学して、ドイツ語を学ぶために最初のころは子供向けの本や、すでに読んだことのある本を見つけては買って読んでいたんだが、その中に『ジェニイ』もあった。今は黄ばんでほとんど読めないレシート、かろうじて読める日付は1986年8月12日だから、ドイツに行って4か月目。ドイツ語の本は、読み終えたらその日付を書き込んでいるんだが、これには書いてないから、最後までは読み通せなかったのかも。

 ただ、最初のほうを読んだのは間違いなく、ここで、ジェニイが「白の交じったトラ猫」であることを初めて知って、衝撃をうけたのであります。

 おかしいな、日本語ではどうなってたんだっけ、と頭のなかが疑問符でいっぱいになって、また折よく日本に一時帰国する用事があったので、そのときこっそり実家の単行本をスーツケースに忍ばせて、ドイツへ密輸。

 

 古沢訳の、新潮社ハードカバー単行本は、こんな表紙。

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 2匹ともこんなあどけない仔猫ではなかったはずなんだけど、とりあえずピーターが白猫ってのは間違いない。ていうか、もうこの表紙、かわいくてあざとくて、どっちでもよかったよそんなことはw

 

 さて、問題のジェニイ初登場のシーン。ジェニイは何色の猫なのか? という疑問を抱いてからン十年経ったごく最近、またこの話題が再燃しまして。ジェニイには矢川澄子翻訳のバージョンもあって、そちらはどうなっているのだろうかと長年の疑問が解決したので、この記事を書いているわけですが。

 友人の協力を得て、英語の原文まで判明。

 

 まずは、古沢訳。

その猫は痩せた雌猫で、顔は一部白く、そののどもとは、実にかわいらしくて、彼女におだやかな外見を与えていた。

 子供のころ読んだときは特に気にせず読み流していたが、「顔の一部(おそらく鼻先と推測される)が白い」という情報以外、これではジェニイが何色の猫なのかはわからない。

 

 私に疑念を抱かせたドイツ語は、一応ドイツ語もそのまま載せておきますが、

eine magere getigerte Katze, ... Im Gesicht und am Hals war ihr Fell zum Teil ganz weiß, was ihr einen eigentümlichen Liebreiz verlieh, (以下略)

 あいだの「...」のところは、ジェニイのこのときの姿勢に関する描写が入っていて、日本語ではそれは引用箇所より前に置かれている。が、とりあえず、この冒頭部で、「痩せたトラ猫」と明記してあるわけです。ついでに私なりに続きも訳しておくと、「顔と喉元の毛は一部が真っ白で、それが独特な魅力をかもし出しており(文章さらに続く)」。

 

 さて、では原文は。

She was a thin tabby with a part-white face and throat that gave her a most sweet and gentle aspect ...*1

 タビーはトラ猫。まあこれでは茶トラなのか、サバトラなのか、キジトラなのかはわからないけど、とにかくトラ猫である。

 それともう一つ、古沢訳では、顔の一部が白いとは書かれているが、喉元は「実にかわいらしくて」とあるものの、白いとは書かれていない。けど、英語(ドイツ語も)では喉も白いと明確に表記されている。まあそこまで細かく突っ込まなくても、喉元(というか胸)が白いと、確かに「実にかわいらしい」ので、ここは自然と脳内でそういうことに自動変換されてた気がするけども。

 

 で、日本語では、もう一つ、矢川澄子があることも知っていた。が、読んだことはなかった。矢川は、ここをどう訳しているのか? というのが長年気になっていて、今回(ン十年ぶりに)その疑問が解決!

それは、ほっそりしためすの虎猫で、顔とのどとに一部分白い毛がまざっているのがいかにもあいらしく、おっとりした風情をあたえていた。*2

 文章をここで切っているところは、古沢と同じなんだねえ。でもこちらは、トラ猫であること、顔と喉の一部が白いこと、きっちり原文を余さず訳している。

 

 余談だけど、日本にいたころ(ネットとかなくて、情報はすべて印刷された活字のみだった時代)は知らなかったんだが、矢川澄子って澁澤龍彦奥さんだったんだ。ネット時代になってそんなことを知って、いろいろと情報をあさってみたが、いやはや……なんというかすごい関係。矢川は永遠の少女と呼ばれたらしいが、澁澤も永遠の少年。これについてもいろいろと思うところはあるけど、今回は関係ない話なので、またいつか。

 

 しかし、古沢も、翻訳者としてはそれなりに名のある人だし、ジェニイにしてもとても読み易く良い翻訳であることは間違いない。たまたまここだけ気が付いたけど、他は検討していないので、どれくらいきっちり訳しているかはわからないけど……。

 ジェニイが何色の猫であるか、というかなり重要な情報を訳し落としているとは……。

 

 ちなみに、スペイン語だとどうなっているのかというのも気になったけど、調べてみたところ、ジェニイはスペイン語訳されていない様子。スペイン語圏の猫好きの皆さん、人生、盛大に損してますぜ~~!

 

 私は、ドイツに密輸した実家の単行本、割りとすぐにばれて、父親から「お前、あの本持っていったやろ!」とお叱りの手紙(当時、手書きw)が来たので、あちゃーすいません、とこれまた手書きの手紙を同封して日本に送り返した。とりあえずの用事(例の箇所の日本語訳を確認)は済んでたしね。

 その後、やっぱり日本語でもう一度読みたくなって、文庫を購入した(新潮文庫、古沢訳)。その表紙は、こんなの。

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 ピーターが白猫なのは確定だから、奥にいる焦げ茶猫っぽいのがジェニイか……。目つき顔つきで言うと、オスメス逆のようにも見えるけどなあ。

 ちなみに、私が持ってるドイツ語版の表紙は、

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 これ、ネタバレしてるしw でもジェニイはこの表紙絵によればサバトラっぽい。できれば顔と喉元に白い部分を……襟が白いからそれでいいだろってかw

 

 矢川澄子バージョンはタイトルも『さすらいのジェニー』で、単行本(大和書房)の表紙は

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 茶トラ猫、ちゃんと顔(申し訳程度の顎先のみだけど)と喉元も白い。

 

 矢川訳には、なんと角川文庫バージョンもあるらしく、あまり流通していないのかネットで検索してもほとんど出てこないけど、その表紙は!!!

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 ちょ、ちょっとこれは……迫力ありすぎじゃないかい? それにピーターは白猫だってば!!! 

 

 ところで、私が単行本を読んだ中学生のころ、すでに新潮文庫も出ていて、友人がそれを持っていたのを覚えている。その表紙はこんなの*3

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 単行本の写真と絵の違いはあるけど、新潮社、白猫2匹にこだわってる? 

 まあ本の中身と表紙や挿絵に食い違いは、ままあります。挿絵師、ちゃんと読んでねーだろ!ってことも、多々あります。

 でもこれ、もしかして……表紙をどうしても(絵柄的に見栄えするから?)白猫2匹にしたくて、訳者の古沢にわざとジェニイがトラ猫っていう情報を書き落とさせたのでは……? というね、どす黒い疑惑がむくむくと湧き起こってきたんだけど、あはははは、まさかね、天下の新潮社がそんな無茶ぶりをね、するわけないよねアハハハハ(≧▽≦)

 現行バージョンの表紙も、ジェニイはトラ猫になってないし(そもそも本文がどこにもトラ猫って書いてないんだから当たり前か?)、新潮社、トラ猫に恨みでも?

 

 

 という、どうでもいい話(でも実はこれが書きたくてこの記事長々と書いたんだけどw)はおいといて。

 この本は、本当に何度読んでもわくわく、ジェニイの(見た目はどうでも)猫らしい優しさ、賢さ、野性味に魅せられて、ラストでジェニイと別れるのがつらいほど。いかん、今、ラストを拾い読みしてたら、それだけで泣けてきた……w

 でも、この本を開けば、またジェニイに出会える。この本のなかに、本のなかだけに、確かにジェニイが生きている。そう思えて、小さな四角い紙の詰まった空間をそっと抱きしめたくなる、これは電子本では味わえない愛おしさ。一生の、宝物です。

*1:引用は友人Aちゃんの手による(感謝感謝)

*2:引用は友人Aちゃんの手による(感謝感謝)

*3:ちなみにこの絵、味戸ケイコとのこと。Aちゃん情報サンクス!