気まぐれエッセイ@メキシコ

不定期に適当な文章をつづっていきます(現在バヨ中心)

フェリペ・ガリードの散文

 今日は、ちょっと前に(2016年かな)芥川賞をもらったという作品を読みました。

 

 芥川賞受賞したというのはこの本が届くまで知らなかったんですけど。異類婚姻譚というのは、昔ばなしなんかでよくある、もらったお嫁さんがキツネだったとかヘビだったとかのパターンのことで、割と好きなんで、タイトルに惹かれて読みました。が、予想とはだいぶ違った展開でした。シュールで、でもなんかわかる~そういう夫婦関係ってありそう、と思わせてくれる作品で、それなりに面白かったですが、私がいちばん面白かったのは、この本に入ってる4編のうち『<犬たち>』という作品。

 人付き合いの苦手な主人公が、頼まれた仕事をするために知り合いの別荘みたいな家に行くと、真っ白い犬たちがたくさんいる。近くの村では、人が失踪するとかで、犬を見かけたら知らせてくださいと警戒しているが、主人公のところにいる犬たちは人を襲うような感じじゃないし……と不思議に思っているうちに、というような話。

 展開としては、昔ドイツ語で読んだハウスホーファーの『壁』を思い出したり、犬というところではスペイン語クラスに通ってたころ教科書に載ってた詩のような短編を思い出したり。

 

 そのスペイン語の短編ですが、記憶ではフアン・ホセ・アレオラだと思い込んでいたけど、ホントにそうだっけ? と気になって、教科書4冊あるうちのどれだっけ~?と25年ぶりくらいにページを繰って探してみたところ、4巻の110ページにありました(←自分用メモ)。Felipe Garrido フェリペ・ガリードという人の作品でした。アレオラじゃなかった~!

 しかしこのガリード、その後名前を見た覚えがなく、でも教科書で読んだときはすごいなと思ったので、たぶん当時本屋さんとかで探したけど見つからなかったと思われます。今はネットですぐ検索できるので、探してみたところ、ウィキページもあるんだけど、生年月日も何もなくて、ただメキシコ人、1970年代後半くらいから作家活動しているらしい。

 と思ったら、ウィキにはEuskara語のページもあり、それ何語!?と調べたら、バスク語らしい。で、こっちのほうが詳しいw メキシコのハリスコ生まれ、1942年9月10日とあるので(バスク語さっぱり読めないけど、ネットってホント便利~)、もう79歳か。

 作品というか出版物はスペイン語ウィキにもけっこうリストアップされてます。

es.wikipedia.org

 

 が、私が面白いと思った作品がどの本に入っているのかはわからない。ただやっぱりこれはそれなりに有名な作品なのか、ネットに全文載せてるところもけっこうあり、こことか。

Dicen, Felipe Garridolacanciondelasirena.wordpress.com

 著作権的にどうなんだかわかんないけど、翻訳してみたくなったので、やってみます。

 タイトル『Dicen』は、すごく訳しにくい。直訳すれば「~と言われている」、意訳なら「噂では」「聞いた話では」「人が言うには」みたいな?

欲望に満ちた目で見つめてくるという。肌は浅黒く、唇は豊かで血の色だ、と。髪の毛は結わえず腰まで流れている、と。

彼女には夜に出会うという、地下鉄のホームで、ほとんど無人のどこかの駅で。すれ違うとき流し目で微かに振り返るのだ、と。空気にプリムラの香水の匂いを残して。

鮮やかな色のブラウスを着、足にぴったり貼りつくジーンズ地のズボン、そして高いヒールの靴を履いているという。

太腿を投げ出すようにして歩き、頭は高くもたげているという。踊るかのように腰をくねらせている、と。

用心していなければならないと、人はいう、歩くときまったく音を立てないから、と。けれどもたいていはやられてしまうのだ、と。彼女を追って道をゆき、彼女のあとから階段を上ってしまう、と。

外に出ると、歩みを緩めるという。薄暗い街角で立ち止まる、と。言葉を交わす必要もなく、問いかけることもなく、説明することすらない、と。

変身は痛みを伴い、瞬時に起こるという。だから、いくつかの地下鉄の駅にはあんなにもあんなにもたくさんの犬がうろついているのだ、と、悲しい目をして、未だに新しい姿になじめないままに。

 

 訳してて気付きましたが、リンクしたサイトのスペイン語と、私が持ってる教科書に載ってるのと、微妙な違いが数か所あります。「ジーンズ地の」というのは教科書にはありましたが、リンクしたサイトではカットされてますね。あと、翻訳すると違いがわからない程度の単語の置き換えも。

 一種の都市伝説のような、妖しく魅力的な女性の姿が目に浮かぶようで、そしてこれを読んだスペイン語クラスにはメトロ(地下鉄)で通ってましたから、そこに確かに犬たちがたむろしている風景も見慣れたもので、それをこんなふうに言われると……w いやあ、ドキドキしましたね。

 

 

 ラテンアメリカ文学では、短編、掌編、そしてもっと短い超短編などがけっこう人気で、いろんな作家が名作を出しています。このガリードの作品も間違いなくその一つでしょう。

 いちばん(たぶん)有名なのは、モンテローソ(ホンジュラス生まれ、グアテマラ国籍、メキシコに亡命)の『恐竜』という作品。

目を覚ましたとき、恐竜はまだそこにいた。

 これだけ。これだけなのに、その前後についてあれやこれや想像が膨らむ一文です。

 そして、有名ゆえに、パロディもいろいろ作られているそうで、私が聞いた中で印象に残っているのは、

読書好きだと言う女性に、モンテローソの『恐竜』はご存じですかと訊ねたら、ええ、もちろんですわ、ちょうど今読んでいる途中ですの!という返事だった。

 という笑い話。知ったかぶりはヤバいってことですねw

 

 

 てなわけで、思いがけないところから、四半世紀前に読んだものを(実はこの『異類婚姻譚』から、もっと正統派な異類婚姻譚である武田泰淳の『人間以外の女』という作品も思い出して引っ張り出し再読、こちらは昭和61年(私が日本を出る数日前)に240円で購入した文庫で、まあその後も何度も読んでいるので、どれくらいぶりかはわかりませんが、こちらも)懐かしく読み返すことが出来て、予想外の収穫でした。